毎朝、手を合わせる。
その一枝を、見つめ続けてきました。
朝、神棚の水を替える。榊の葉に目をやり、そっと手を合わせる。
いつもの場所に、青々とした緑がある。その姿に、気持ちがすっと整う。日々のお供えを大切にされている方には、そんなひとときがあるのではないでしょうか。
私たち榊花園の榊職人が育てているのは、その毎日に添える榊です。
榊花園は、創業から百年を数えます。葉の色や艶、枝ぶりを見つめ、育つ場所や切る時期による違いを確かめる。代々の仕事の中で、榊を見る目を養ってきました。
毎日目にするものだから、美しい一枝をお供えしていただきたい。その思いが、私たちの仕事の出発点です。
伊豆の山に、四百本
私たちの榊は、伊豆の山のなかで育っています。本数にしておよそ四百本。肥料は与えていません。山の土がもともと抱えている養分と、木漏れ日と、適度な湿り気。その場所の力で育つのを待つ育て方です。
本榊は、日なたから半日陰を好み、有機物に富んで水はけのよい土を好みます。強い風を直接受けず、水が長く滞らない場所。暑い盛りには、午後の強い日差しを避けられることが望ましい。
| 条件 | 本榊の生育に向く環境 |
|---|---|
| 光 | 日なたから半日陰。夏は午後の強い日差しを避けられる場所 |
| 土壌 | 有機物に富み、根が伸びやすく、水はけがよい |
| 水分 | 適度な湿り気を保ち、水が長く滞らない |
| 風 | 強風を直接受けにくい |
| 温度 | 暖温帯の森林に生育する樹種。最適温度を一律には示せない |
この条件を、伊豆の山はおおむね備えています。私たちがしているのは、その環境を壊さないように手を入れることであって、木を無理に太らせることではありません。
研究ノート ── 遮光をどう考えるか
光の調整は、榊の栽培でとりわけ重要とされます。鹿児島県の試験では、平地で植栽後三年間は露地で木を育て、その後に遮光する方法が早期収穫に有効でした。つまり「最初から暗いほどよい」わけではありません。ただし遮光率五十〜八十五パーセントという試験の数値が、伊豆の山の斜面にそのまま当てはまるとは限りません。私たちの畑にとって何が適切かは、自分たちで確かめていく必要があります。
経験でわかること、まだわからないこと
長く榊を育てていると、経験からわかることがあります。よく日持ちする葉。艶を保つ葉。同じ榊でも、育つ場所や季節によって表情が違います。
けれど、その違いがどこから生まれるのか、葉の内側までわかっているわけではありません。
もっと榊を知ることができれば、育て方や選び方に生かせるかもしれない。受け継いできた目と手の感覚を、次の世代にも、より確かな形で渡せるかもしれない。
そう考えて、私たちは自分たちの畑で育った榊の葉を分析しました。
一枚の葉を、成分ごとに分けてみる
使ったのは、葉に含まれる成分を一つずつ分けて調べる装置です。すりつぶした葉を溶媒に浸し、その液を細い管に通すと、成分が性質ごとに順番に出てきます。水になじみやすいものから先に、油になじみやすいものはあとから。出てきた順に記録すると、いくつもの山が並んだグラフになります。
山の位置は成分の性質を、山の数はその葉が抱える成分の幅を表します。いわば、葉の顔立ちです。
榊の葉だけでは比べようがないので、同じ日に、身近な三つの植物も一緒に流しました。伊豆の海沿いに自生する橘とトベラ、そして浜辺のハマボウフウです。
(根と葉)
いつも見ていた一枚の葉から、いくつもの山が立ち上がる。その内側には、目で眺めるだけではわからない世界がありました。
とりわけ目を引いたのが、1.4分から1.6分のあたりに山が密集していることです。数えられるだけでも十本近く、しかもそれぞれが低くない。四つの中で、榊はもっとも成分の種類が多い葉でした。この時間帯に出てくるのは、紫外線をよく吸収する成分の仲間です。一つひとつが何という物質かは、これから確かめていきます。
| 検体 | 目立つ山の位置 | 全体の印象 |
|---|---|---|
| 本榊(葉) | 1.4〜1.6分に密集、ほか0.95/2.3分 | 山の数がもっとも多い |
| 橘(葉) | 2.5/2.7/2.9分の三本が卓越 | 後半に偏り、本数は少ない |
| ハマボウフウ | 1.45分がほぼ単独で突出 | ひとつの成分が支配的 |
| トベラ(葉) | 明瞭な山がほとんど出ない | この方法では見えにくい |
同じ土地に育つ常緑樹でも、内側はこれほど違う。橘は榊の山が集まる時間帯にはほとんど出ず、二分半を過ぎてから大きな山が三本立ちます。隣り合って生えていても、葉のつくりは別物なのです。
榊は、茶の木の親類である
もうひとつ、調べていて面白かったことがあります。
榊(Cleyera japonica)は、長くツバキ科に分類されてきました。近年のDNAにもとづく分類ではモッコク科に移されていますが、いずれにせよツバキやサザンカ、そしてチャノキと同じ仲間のうちにあることは変わりません。神棚に供える木と、毎日飲むお茶の木が、植物としては近い親戚なのです。
これは単なる雑学ではありません。近い間柄の植物は、似た成分を似た仕組みでつくる傾向があるからです。そしてチャノキの葉の主成分といえば、渋みのもとであるカテキン類。抗菌や抗酸化のはたらきが数多く報告されてきた、よく知られた成分です。
よりよい一枝を、お届けするために
伊豆の山の力で育てた榊を、榊職人が葉の色や艶、枝ぶりを見て一本ずつ選び抜く。その仕事に、今回、葉の内側を分析するという新しい取り組みが加わりました。
分析は始まったばかりで、成分の名前やはたらきは、これから一つずつ確かめていく段階です。それでも、目と手で受け継いできた経験に、確かめた記録を重ねていけば、育て方や選び方をもっと確かなものにしていけます。
榊花園はこれからも、お客様のもとへ届ける榊を、より高品質なものにしていくための取り組みを続けます。畑での手入れ、榊職人の選別、そして研究の歩みを、このコラムでお届けしています。
お客様のもとに届くのは、榊職人が一本ずつ選別した一束の榊です。
その一束のために、榊職人が畑で葉を見つめる時間があり、代々受け継いできた経験があり、いま新しく始めた研究があります。
百年続けてきても、まだ知りたいことがある。
もっとよい一枝を届けるために、できることがある。
次に榊を替える日には、育った場所や、育てた人の仕事にも思いを寄せてみてください。
毎朝、手を合わせる大切な場所に。
分析:2026年4月/高速液体クロマトグラフィー・ダイオードアレイ検出