一つの街に、
共生する自然。
私たちが本榊を育てているのは、伊豆の山と海にはさまれた、小さな街です。
山の斜面には本榊が育ち、海沿いには古い柑橘の橘が枝を広げ、浜の砂地にはハマボウフウが根を張っています。同じ潮風を受け、同じ雨に打たれながら、それぞれの場所で、それぞれのやり方で生きている植物たちです。
前回のコラムでは、本榊の葉の成分を調べたときに、比べるため同じ日に橘やハマボウフウも試験したことをお伝えしました。今回は、その「隣人」たちの話です。葉の内側から見えてきたことと、これまでの研究でわかっていることを、できるだけやさしくご紹介します。
浜の草、ハマボウフウ
ハマボウフウは、海辺の砂浜に育つセリ科の植物です。強い日差しと潮風、すぐに乾いてしまう砂。植物にとって楽な場所ではありませんが、ハマボウフウは砂の奥深くまで根を伸ばして、そこで暮らしています。
実は、昔から人の暮らしに近い草でもあります。若い葉や茎は香りのよい山菜として、酢味噌和えや天ぷらにされてきました。お刺身に添えられているのを見たことがある方もいるかもしれません。根は「浜防風(はまぼうふう)」と呼ばれ、風邪のときに汗を出し、熱や痛みをやわらげる生薬の代わりとして使われてきました。
一方で、採られすぎや海岸の開発によって数を減らし、各地で守る取り組みが続いている植物でもあります。
そのハマボウフウを試験すると、ひとつの成分がひときわ多く含まれていました。くわしくはまだ確かめている途中ですが、性質は、そばに多く含まれるルチンによく似ています。
(根と葉)
グラフの山は、成分が出てきた量の目安です。ハマボウフウでは、ほぼ一本の山だけが高く立ち上がりました。
知っておきたい ── ルチンという成分
ルチンは、ポリフェノールの仲間です。かつては「ビタミンP」とも呼ばれ、細い血管(毛細血管)を丈夫に保つはたらきが研究されてきました。体のサビつきのもとになる活性酸素をおさえる力(抗酸化)を持つことでも知られています。
身近なところでは、そばに多く含まれます。そば粉の割合が高いそばほど、多くとれるといわれます。
浜の厳しい日差しの中で、ハマボウフウがこうした成分をたくさん持っているのは、もしかすると自分の身を守るためなのかもしれません。植物にとっての成分は、まず自分が生き抜くための道具です。
いにしえの柑橘、橘
橘は、日本に古くから自生してきた数少ない柑橘です。小さな実は酸っぱく、そのまま食べるのには向きませんが、花も実も葉も、一年を通して爽やかな香りを放ちます。
古事記や日本書紀には、田道間守(たじまもり)という人物が、遠い常世の国から「非時香菓(ときじくのかくのこのみ)」――いつも香り続ける木の実――を持ち帰ったという話が残っています。この実が橘だと伝えられ、橘は長く、長寿と繁栄を願う木として大切にされてきました。京都御所の紫宸殿の前に植えられた「右近の橘」や、文化勲章の意匠にも、その姿があります。
けれど野生の橘はいまでは数が少なく、環境省のレッドリストで準絶滅危惧種に挙げられています。身近な海辺に橘が育っていること自体が、実はめずらしいことなのです。
橘の葉を試験すると、柑橘の皮に多く含まれることで知られるノビレチンの仲間とよく似た成分が、はっきりと見られました。こちらも、くわしくは確かめている途中です。
二分半を過ぎたところに、大きな山が三本並んでいます。この三本が、ノビレチンの仲間によく似た成分です。
知っておきたい ── ノビレチンという成分
ノビレチンは、シークヮーサーやポンカン、そして橘など、一部の柑橘の皮に多く含まれる成分です。いま、とくに注目されているのが脳への働きです。
東北大学などの研究では、記憶の障害を起こしたマウスにノビレチンを与えると、記憶力の低下がやわらいだことが報告されています。また、物忘れが気になり始めた六十五歳以上の方百八人を対象に、シークヮーサーの皮からつくった食品を四か月とってもらう試験も行われ、記憶の働きが改善する可能性が示されました(発表後に「改善を確認」から「改善の可能性を確認」へ訂正されています)。
まだ研究の途中の成分ですが、柑橘の皮という身近なものに、こうした力が秘められているかもしれない。そう考えると、橘の香りもまた違って感じられます。
同じ土地に生きる、それぞれの内側
山の本榊、海辺の橘、浜のハマボウフウ。同じ街に暮らしていても、葉の内側に抱えているものはまったく違いました。三つを並べてみます。
(根と葉)
本榊はたくさんの種類の成分を少しずつ、橘は柑橘らしい成分をしっかりと、ハマボウフウはひとつの成分を際立って多く。それぞれが、自分の場所で生き抜くための答えを持っているように見えます。
こうした植物が、同じ土地で隣り合って生きている。その豊かさが、本榊を育てる山の環境も支えています。私たちが肥料を与えずに本榊を育てているのは、この土地がもともと持っている力を信じているからです。
本榊の葉の内側も、これから少しずつ確かめていきます。わかったことは、またこのコラムでお伝えします。
試験:2026年4月・9月(葉の成分を一つずつ分けて調べる分析)。グラフは4月の試験の結果を描き起こしたものです。本文とグラフの成分名は、試験の結果から見た「よく似た成分」で、確認はこれからです。
このコラムは植物と成分についての読み物で、特定の食品や商品の効果をお約束するものではありません。榊は神棚にお供えするもので、食べるものではありません。野生のハマボウフウや橘は保護の対象になっている地域があります。採らずに、見て楽しんでください。
参考:コトバンク「ハマボウフウ」/コトバンク「ルチン」/東北大学 ノビレチンの研究紹介/シークヮーサー果皮食品の高齢者試験(英語の論文)/琉球新報(試験結果の発表と訂正)